あっくんと生きる

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あっくんと生きる

「左心低形成症候群」と診断された息子の闘病記+親の感情

2011年3月11日の日記を振り返る

はじめに

下記エントリで述べた経緯で,東日本大震災当時の日記を振り返ります.

www.akkun-ikiru.com

この日記は,あっくんや育児に直結する話ではありません.また,構成もメチャメチャ,段落分けも貧弱,です・ます調でもないことは,当時の文書をそのまま引用したためです.写真も当時持っていたガラケーが容量不足のため最低品質で撮影したもので,画質が超絶荒いです.当時の精神状態が表れている文章になります.

気になった部分だけちょこっと修正していますが,文意はそのままです.

そんな感じでいつもと毛色が変わる投稿になることを,ご容赦下さい.

2011年3月11日(金): 地震当日

地震発生

仙台の研究室で実験中に地震発生.居室は6階建てビルの4階.緊急地震速報が作動し「震度4」と予報. 皆で「4か,とりあえず机にもぐっとくか」的なのりで,このあと起きることなんてつゆも知ることなく机の下へ. そこそこ強い地震がくる.震度5強くらいかな?まぁ宮城県民だし,それくらいの地震は慣れっこで, 皆も強いのきたぞ,位の反応だった気がする.その地震が収まってきたかなーと思いきや突然の第二波. こいつは次元が違かった.経験したことのない強烈な横揺れを感じた.机の上のPCやディスプレイ全部ひっくり返って落ちる落ちる.棚から物が飛び出す.200kgもあろう実験器具がバンバン動いてる.壁がメキメキはがれてる.窓が開いて縁から亀裂が入る.電気がついたりきえたりしてパチパチいってる. 「震度4じゃねーよこれ!!」とか「天井落ちてきたら・・・床抜けたら・・・」とかアホなことを思い始める.あとはとにかく「早く止まれ早く止まれ…」が脳内無限ループしてた.居室の皆が恐怖で怯える表情になった.

↑他の学生が「この建物崩れるかもしれない!」と叫んでいたことも覚えている。

地震が収まる

ずいぶん長いこと揺れて,収まった.もういわゆるドラマのワンシーンのような状態だった.何というか,取り出すことが出来るものがすべて取り出されて,部屋中に無造作にばら撒かれてる感じ.壁が割れて部屋が埃っぽくさーっとしてる(何と表現すればいいのだろう).電気は消え窓から光が漏れてる.警報機がジリジリなってるのが聞こえる.という感じ.

一次避難

「外に出るぞーーー!!!!!!!早くーーー!!!」

不断温和な人が大きな声で叫ぶ.彼は阪神淡路大震災の経験者だったのだ.そして皆我に返る.もうとにかく部屋を出たかった.居住者6人,着の身着のままで災害時用ヘルメットをかぶり居室のドアをあける.すると抜けた天井が目の前に落ちて割れてる.もし俺たまたまここにいたら…と思うと恐ろしい.階段で避難をしようとするけど,何か壁抜けまくり.階段傾いてる.結構新しいビルでこれなのだから,ますますただ事じゃないと感じる.外にはたくさんの人がいた.何か道路がぽっこりしてるとこがある.食堂の電気も消えてる.

とりあえず広い駐車場に退避.強い余震を感じる.そうこうしてるうちに寒いことに気がつく.何か雪強くなってるし,ジャージにサンダルだもん(私の謎の研究スタイル).財布とジャケットを取りに部屋に戻る.非常食にとお菓子を回収.ますます雪が強くなる.あんまりに寒いんで車に入れてもらう.3時すぎくらいにとりあえず家族に連絡.家族は全員無事のよう.この時点ではまだ電波は拾えた.指導教員から心配メールが来てたので返信するが,リターンメールが返ってくる.サーバがやられたか.そしてこんなときに限って携帯の電池が切れそう.友人のワンセグでニュースを見る.M8.8の大地震.10mの大津波警報.こりゃますますただ事じゃないと認識.

二次避難

道路で大渋滞が起きている模様.多分電車もバス使えないだろう.さて,仙台市民でない私はどうするべきか.電車とバスで二時間もある場所までどうやって帰れという.と思ってたら,スピーカで放送が流れる. 「ここの体育館はあんま丈夫じゃないし,食料の備蓄もないから,帰ろうね(超超意訳)」 はいはい,言われんでも出て行きますとも.仕方ないから歩く.校舎をざっくり見ても崩れてるところは見当たらない.中はどうか分からないが. そしてやっぱり大渋滞.絶対歩いたほうが早い.道路がぽこぽこしてる.柱が倒れてる.皆災害用のヘルメットかぶってる.もういかにもって感じになっている.

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そういえば大学に電動自転車置いてるんだった,と思い出して回収.これが後に功を奏す.4人で行動していたが,2人は台原方面の実家に向かって,私ともう一人の方で,その人の家の方面である南仙台に向かうことになり,2人行動になる.この方が私を救ってくださった恩人となる.

↑大学生協では食事も提供され,避難所になっていたらしいが,それは後で知った.

避難所へ駆け込む

辺りが暗くなってくる.たまたま通りで避難所となってる小学校を発見し,そこに避難し一晩過ごす.しかし寒かった.雪降ってるし,超絶に寒かった.食べ物も水も暖房も毛布も無かった.せめて足用にタオルさえあればと思ったが,贅沢は言えない状況だった.新聞紙だけばら撒いてあった.無いよりはありがたい.そしてなぜか常に持ち歩いてる飴で空腹をしのいだ.(ダイエットで絶食に慣れていたのが功を奏したw) ここで自分らが如何にすばらしい生活をしていたか痛感した.あと,こういう不特定多数の人がいる空間だと,やっぱり自分のことばっかり考えてる人がいる.仕方ないんだけどね.

↑避難者は皆,空腹に耐えている.明かりもなく,幼い子供だって皆,空腹と恐怖で泣いているような空間だった.お母さんだって大変だ.そんな中で,大きい声で「いただきまーす」「うまいうまい」と皆に聞こえんばかりに言いながら,家から持ち込んだであろうおにぎりを頬張るなどと言うスーパー空気読まない行動をとった挙句,「地震の研究者なんて役に立たない,一生やってろ!」などの暴言を発して盛り上がっている高齢な方の集団があった.さすがに,それはひどい….

彼らの成果の一つである緊急地震速報があったからこそ,安全に机にもぐり怪我を免れた人だって大勢いるはずだ.そもそも地震の研究者に,自然現象である地震の発生そのものを今日明日にでも抑制することを期待してはいけないだろう.あまりにも理不尽な要求だ.と,思っても仕方がないのだが.

一方で,なけなしのポテトチップスを分けてくださった優しいお母さんもいらっしゃった.見ず知らずの若造にこの善行.女神である.本当に感謝している.

そして,トイレが劣悪環境であった.水が流れないので大量の排泄物が放置され,真冬の夜にもかかわらず虫がわいていた.

この日の夜はメール10回送信を試みて1回送れるくらいに電波が通ってた.そして携帯の電池が切れた.こんなこともあろうかと,PCとUSB充電器を居室から持ちこんでいだのだ.PCの電池が持つ分,少しだけ充電して安心材料に. そんなこんなで,超絶な寒さと,止まない余震と,ラジオから絶え間なく聞こえる緊急地震速報の警報音で,まともに眠れた人などいなかっただろう.

↑今でも緊急地震速報の警報音はトラウマである.そう言えば職場で,部屋中のスマホから地震速報が鳴った時に机の下に潜ったのが私だけのときがあった.またある時,職場で地震を想定した避難訓練もやったときも,机に潜るという行動が皆無だった.「地震 即 机の下」という行動をとることは,宮城県人なら幼稚園児でさえ完璧に刷り込まれているレベルの安全確保手段なのである.

「なんで誰も机の下に潜らない!?今から地震が来るかもしれないときに,なんで突っ立ってんの!?」そんな感情を胸に,強いカルチャーショックを受けた.地域性の違いであり,無理もない.結局その速報は誤作動だったので大事には至らなかったが.

後日,「地震が来たら机の下に潜りましょう!」と職場の朝礼で話したが,どこまで届いたのかまでは分からない.

反省点

  • 携帯の電池は何かあったときのためにある程度充電しておくべきだった.
  • 居室に戻ったときに,冷蔵庫から適当に水分を持ち出すべきだった.

おわりに

これが初日の様子です.

うーむ….まだチョコチョコ残ってはいるのですが,あんまり地震の記事でここを汚すのも憚れれるので,ほどほどにしようと思っています ^^;

東日本大震災当時の日記を振り返る

追悼

3月11日.あの東日本大震災が発生した日です.

この地震で被災し,大切な人を失ってしまった方々,大変な被害に今も苦しみ皆様には,本当に心よりお悔やみを申し上げます.

当時

当時私,宮城県仙台市で大学院生をしておりました.そんなこんなで,かの地震の直撃を受けた一人です. 津波の被害がない地域にいただけ,かなりましだったと思います.

数日間は避難所で生活していたことを今でも思い出します.

テレビでは

地震後しばらくは電気も電波も…ってかインフラ全般終了だったので,地震の直後にテレビでどのような報道が流れていたのか私には分かりません.

ただ,少し経ってテレビが見られるようになってからは,凄惨な津波の被害状況の映像が延々と流れるばかりで,家族ともども陰鬱な日々を過ごしていたと思います.

津波の被害は本当にひどかったです.私もボランティアとして現地支援に行ったこともありましたが,あれはひどいです.あの地域に住んでいる人たちの苦悩を思うと,いたたまれない気持ちになりました.

津波の被害までは受けず

一方,私の大学も実家も山沿いの地域にいたので津波の被害はありませんでした(実家の地域は震度7を観測しましたが…).しかし,インフラや流通が途絶え,周りの人たちも皆,毎日その場しのぎの生活をしていました.それが,当時の大多数の宮城県人の生活であり,私はその一人だったと思います.

テレビでは,最も被害の大きい地域について報道されますが,この大多数の中小規模の被災者の様子というのはあまり大きくは取り上げられるものではありません.もちろん,被害の大きい地域についての報道は,その事実を風化させないために極めて重要なことであり,その報道自体を否定しているのではありません.

ただ,当時実際に被災したかなり多くの人は,津波や原発事故レベルの被害を受けたわけではないけど,普通の生活が,しばらくの期間,継続的に脅かされる程度の被害を受けるような生活をしていたと思うのです.しかし,そういった中小規模程度の被災者の様子はほとんど世間に知られているようには思えませんでした.

それは,私が仕事の関係で福岡に越してきてから,特に強く感じるようになりました.

それでも…

少なくとも,当時宮城にいた人の中に,

「私達だって被災者だよね….」

と寂しそうに口にされる人も,少なくなかったように感じます.

ただ,津波や原発に関する凄惨な事故の被害者のことを思うと,自分だって被災者だなんてことなど,おこがましくておおっぴらには言うべきではないという事情もありました.それが,大多数の被災者の心境だったと思います.

私がそんな立場の一人として,ここに当時の多くの被災者が体験したであろう様子を公開し,読者の方に知って頂けることに,何かしらの価値があるのではないかとふと思ったのです(もちろん,人それぞれ事情は全く異なるのですが,一例として).

あれから6年.当事者であった宮城県の方々も,当時の危機意識が希薄化しつつあっても,不思議ではない時期にさしかかっているのではないでしょうか?

そんな思いが込み上げたので,当時の日記を公開しようと思うに至りました.

当時の日記を振り返る

私は地震当時,記憶があるうちに日々の様子を文書として残しておりました.将来の教訓とするために.

私はその日記を毎年の3月11日に読み返して,当時の様子を振り返るようにしています.振り返った時に思ったことを追記することもありました.

そういう経験もあり,あっくんの病気が判明したときに,ブログを書こうと思った部分もあるかもしれません.

この日記は,あっくんや育児に直結する話ではありません.また,構成もメチャメチャ,段落分けも貧弱,です・ます調でもないことは,当時の文書をそのまま引用したためです.写真も当時持っていたガラケーが容量不足のため最低品質で撮影したもので,画質が超絶荒いです.当時の精神状態が表れている文章になります.

そんな感じでいつもと毛色が変わる投稿になることを,ご容赦下さい.

実際の日記は,次のエントリで公開いたします.

大カテゴリー:「療法別記録」

下記のリンクから,該当するカテゴリー記事の一覧ページに飛ぶことができます.

本エントリは,ブログタイトル下方に位置するメニューからリンクされておりますので,必要に応じてご利用下さい.


大カテゴリーのコンセプトにつきましては,下記エントリをご参照下さい.

www.akkun-ikiru.com


以下,各カテゴリの概要です.

あっくんの治療を療法別にざっと振り返ることができる構成となっております.

同様の病児をお持ちの親御さんにとっても,我が子がどのような療法を必要とするのかをイメージする上で,お役に立てるかもしれません.

もしご興味がございましたら,御覧下さい ^^

入院記録

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主な内容は下記のとおりです.

  • 妊娠中の妻が切迫早産の疑いで入院したときの様子
  • あっくんの心臓病治療のために入院したときの様子

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手術記録

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あっくんの心臓病手術に関わる検査の報告や,手術当日の様子です.

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手術については,下記エントリで記述しました.

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通院記録

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主な内容は下記のとおりです.

  • 妊娠中の妻がこども病院の産科で受診したときの様子
  • あっくんの退院後に外来受診をしたときの様子

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在宅記録

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あっくんが退院後の在宅での様子です.

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病児育成ならではのノウハウがご提供できればと思っていますが,ただの育児記録になるかもしれません笑.

実は,そうなったほうが,病児家族にとっては幸せなことなのですが ^^

大カテゴリー:「時系列経過」

下記のリンクから,該当するカテゴリー記事の一覧ページに飛ぶことができます.

本エントリは,ブログタイトル下方に位置するメニューからリンクされておりますので,必要に応じてご利用下さい.


大カテゴリーのコンセプトにつきましては,下記エントリをご参照下さい.

www.akkun-ikiru.com


以下,各カテゴリの概要です.

あっくんの治療を時系列でざっと振り返ることができる構成となっております.

同様の病児をお持ちの親御さんにとっても,我が子がどのような経緯を辿っていくのかをイメージする上で,お役に立てるかもしれません.

もしご興味がございましたら,御覧下さい ^^

2016/05~2016/08 妊娠中

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妊娠22週目で妻の妊娠中に,胎児の息子あっくんが病気であることが判明します.その病名は,世界最重症の先天性心疾患の一つである左心低形成症候群です.その診断で私達の精神が一時崩壊した直後からの経緯を綴っています.期間にして約3ヶ月です.

左心低形成症候群につきましては,素人なりに下記エントリのようにまとめました.

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まだ病気と向き合いきれておらず,精神的に一番病んでいたのはこの時期かもしれません.一番感情の起伏が大きかった時期でもあります. また妻にとっては,妊婦が最も時間を有意義に使えたはずの安定期である妊娠終盤の三ヶ月間を丸々入院に費やすこととになり,また別の意味での精神的なストレスがかかることとなりました.

診断翌日からこのブログを書き始めたので,当時の記事は今自分で読んでみても,うわーリアルに悲壮感たっぷりだったよだな-と振り返ります笑.

徐々に前向きになり,今や夫婦で

「あんときさー,マジやばかったね!」

って,酒飲みながら冗談を飛ばせるくらいになりました ^^ だって,ふさぎ込んでてもあっくんの病気は治りませんし,とにかく前向きに進むことが家族にとっては最適解なんですもの♪

主な内容は下記の通りです.

  • 当時抱いた親としての苦悩や心の動き
  • はじめてこども病院で診察を受けたときの様子
  • 妻が切迫早産の疑いで入院してからの生活

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2016/08 出産

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あっくんの誕生した日の様子です.生後間もなくプロスタグランジンを投入し,5分間だけおかーちゃんと触れ合い,即NICUに入りました.

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2016/08 出産~バンディング

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あっくんがNICUに入ってから,両側肺動脈絞扼術(通称バンディング手術)の日取りが決まったことをご報告しました.

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手術については,下記エントリで記述しました.

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2016/08 バンディング

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生後5日目にあっくんがバンディング手術を受けた日の様子です.

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2016/08~2017/01 バンディング~ノーウッド+グレン

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バンディング手術後,ノーウッド+グレン手術をするまでの時間稼ぎで入院をしている期間です.ここは4ヶ月程です.

妊娠中とは別のベクトルで病んでいた時期です.心臓病時と24時間体制で病院付き添い生活をするのは,家族の肉体的には特に大きな負担となっていました.

加えて,24時間注入している点滴が切れたらあっくんの命はない,いつ手術をしてもらえるのかも分からない.そんな状況が長期間継続することで,精神的な負担も強くしていたと思います.

主な内容は下記のとおりです.

  • バンディング手術後のPICU(三日間)
  • PICUからNICUに戻ってからの様子(約三週間)
  • 新生児期を終え,NICUからGCUに転棟してからの様子(約一ヶ月)
  • 入院の長期化が決まり,GCUから一般病に転棟してからの様子(約三ヶ月間)

私については,仕事,社会人博士,家事全般,通院を並行で進めていました.しかし,あっくんが一般病棟に移ってからは,私の力不足によりキャパオーバーとなりました.この時点をもって育休取得に踏み切り,あっくんのサポートにリソースを投入することにしました.

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2017/01 ノーウッド+グレン

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世界最難関の心臓血管外科手術の一つと言われるノーウッド手術と,単心室の循環系改善のためのグレン手術の同時手術の検査と手術当時の様子です.

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こちらの手術についても,下記エントリで記述しました.

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2017/01~2017/02 ノーウッド+グレン~退院

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ノーウッド+グレン手術後から退院までの期間です.ここは1ヶ月半程です.

手術後のダメージでグッタリしていたあっくんが徐々に回復していき,退院するまでの経過です.家族の一般病棟での心持ちも,手術前とは異なり前向きなものになっていきました.

主な内容は下記のとおりです.

  • ノーウッド+グレン手術後
    • ノーウッド+グレン手術後のPICUでの様子(約二週間)
    • 集中治療日間が終わり,HCUへ転棟してからの様子(四日間)
    • 一般病棟に転棟してから退院に向けて回復していく様子(約一ヶ月)
    • 退院当日の様子

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2017/02~ 退院~フォンタン

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ノーウッド+グレン手術後の退院から,フォンタン手術までの経過です.あっくんが2歳~3歳くらいになったらこれができることを期待して,我々家族も病気と付き合っていきます ^^

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さぁ!今後どんな展開になるのか!?それは,これからのあっくんと私達両親次第ですね♪ ^^

我々は負けないのだ!!!

大カテゴリーを作成します!

はじめに

ブログ標準のカテゴリーのうち,関連性の高いものを大カテゴリーというくくりの中でまとめたものを,エントリ(ブログ記事)形式で共有することにします.

ブログタイトル下方に配置しているメニューから,大カテゴリー用のエントリにリンクされます.PC版,スマホ版共にメニューが配置されます ^^

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なぜこんなことを?

ブログが長期化するとカテゴリーが増えてしまったり,スマホ版でカテゴリー一覧を見ようとするとページの最下部までスクロールしなければならなかったりして,ピンポイントに見たい記事にたどり着くのが難しいという問題があると感じていました.

そこで,ブログタイトル直下にメニューを配置するように,ちょっとだけデザインを改善しました ^^ (ようやく普通に自宅にいられるようになったことで,このあたりの話に気が回るようになってきました笑)

これにより,患者のご家族の方にとって「今関心があるのはコレなんだよ!」というカテゴリへのアクセスが容易となることが期待できます.

またこれを期に,スマホ版のデザインも見直しました(すみません,私の設定が悪かったことに,今更気が付くという失態であり…汗).スマホの小さい画面でも見やすいフォントやパーツ構成が採用されるようです.いかがでしょう?

注意点

今後の治療方針の変化を反映させるため,本エントリは予告なく変更される場合があります.

また,本エントリ後いくつかは大カテゴリー用のエントリが続きます.

以上,ご了承下さい ^^

あっくん,初めての外来!

はじめに

おかげさまで

先日無事に退院したあっくん!我が家でもギャーギャー泣きまくり,日々てんやわんやでございます笑.

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当たり前なことこそ幸せ

しかしです!あっくんが生きている.おかーちゃんも家にいて一緒に家事ができる.毎日食卓でご飯を食べることができる.

そんな当たり前なことすらも,本当に幸せなことだと思うのです ^^

おかーちゃん(妊娠中から9ヶ月間)とあっくん(生後6ヶ月間)の長期入院,日々車で往復4時間かけた私の通院生活.そんな経験をしたからこそ,この幸せを実感できるんだなぁと思うと,当時の苦労なんて吹っ飛びますね♪

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外来は疲れる

さて,退院して9日目にして,初めての外来に挑んだあっくん.

経過は良好とのことで,我々家族も一安心です♪

それは良いのですが….この外来,曲者でした笑.あっくんはもちろんのこと,我々両親も帰宅時にはぐったりです ^^;

なんというのか….例えるなら,一日中アミューズメントパーク並みに待ちまくる時間ばっかりなのに,あっくんは飲みたい時にミルクを飲ませてもらえないし,寝たい時に寝かせてもらえないし,そんだけ我慢した挙句にやることと言えば痛いことばっかりという,何だか心のやり場がなくなる一日なわけで ^-^;

まぁ,入院生活のことを思い起こせば,家に帰れるだけましなんですけどね!

今日はそんな初めての外来を振り返ります ^^

2017/3/某日 (生後27週2日):退院9日後 初めての外来!

時間はざっくりと書いています.厳密にこの通りということではなく,大体記憶を辿ってこんな感じ?というものです.その日の混在状況によっても変わるでしょう.あくまでも参考ということで.

08:00 一家出動!

この日の外来の予約は10:00です.下道なら2時間ですが,高速なら1時間ちょっとの道のり.あっくんの負担を考慮し,高速道路で行きます.途中コンビニに寄ったりするので,1時間20分くらいかな.

08:00 に出発準備が完了するように逆算して起床,支度をします.

これだけの十分な余裕を持って家を出るのは,妻の方針あってのことです.適当な性格の私がこれでかなり助かっているので,妻には頭が上がりません ^^;

てなわけで,しゅっぱ~つ!!!

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このとき,君はまだ笑顔だったな,あっくんよ….

09:30 外来受付

病院に到着!外出時はボンベを背負って移動します ^^ 予備のボンベもね!

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今日一日を乗り切るべく,着替えとかミルクとか病院にごっそり持ってきたぞ!

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受付で伝票を受けとります.完全予約制なので,この日のメニューは決まっているのです.

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ずら~っと.初めての外来なので,この日は多いです ^^; コレに加えて,RSウィルス対策のシナジス注射もあります.

ちなみにここに記載された時間,全く当てになりません笑.とにかく混んでいるので,順番が来たらやる.ただそれの繰り返しです ^^;

病院内のどこにいても,自分の順番が来たら分かるように,下図の呼び出し装置を受け取ります.

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待っている間はだんまりですが,順番が来ると音でお知らせしてくれます!

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おー!これはいい!

09:45~10:15 生理検査

身長,体重,血圧,SpO2の測定です.待ち含めてここは30分程で終わりました.

  • 身長:62cm
  • 体重:5763g
  • SpO2:89%

数値としては問題なしとのこと ^^

健康な子にまだちょっと及ばないけど,いつか皆に追いつけると良いね!

10:15~10:45 放射線検査

レントゲンです.ここも待ち含めて30分程でサクッと終わりました.

また,はりつけですが… ^^;

10:45~12:00 検体検査

採血+次の心エコーのためのトリクロ(眠り薬)の投与です.

ここが長かった… -_-;

しばらく待って,前述した呼び出し装置が鳴ったから処置室の前に行ったのに,そこから40分くらい待ったと思います.

ミルクあげるのだって楽じゃないんです.もうあっくんはお腹空いて泣いているのに,検査の都合で飲ませることはできません.

トリクロ前は飲ませてはいけない,かつトリクロ後,その効果がまだ出ないうち(寝る前)に飲ませないといけない(せいぜい10~20分程度の猶予),という制約があるので,その隙間でミルクを作って飲ませないといけないのです.

だから,さきほどご紹介した呼び出し装置が鳴ったタイミングでミルクを作ったのに,呼ばれてから40分待たされたもんだから,これは完全に失敗です笑.

いや,だって!装置が鳴って,来てくださいね♪と言われたら,私たちは処置室に伺ったんですよ?すぐ処置してもらえると思ってしまうのが人情というものです ^^;

まぁともかく,これは初めての外来だから分からなかったことで,教訓となります.次からは,

採血+トリクロの時は,処置が始まってから,おとーちゃんがミルクを作って処置室前で待機

という作戦を取ろうと思います.

さぁ,採血でちっくんしたからギャン泣きでお出ましのあっくん.

そしてトリクロ後は何とか湯煎(授乳室にお湯がある)で温め直したミルクを飲ませ,エコーに向けて寝かしつけ!たいのですが,あっくんはタイミングを逃したようで,飲まない ^^;

結局おかーちゃんが頑張って飲ませて寝かせてくれたのですが,こういう小さいストレスの積み重ねが少しずつ後に響いてきます ^^;

12:00~12:20 心エコー+昼食

心エコー中はあっくんが処置室にしばらくいることになるので,私たちは昼食を取ります.ちょっとだけ休憩です.

この日は病院の食堂のランチセットです.

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20分程でエコーが終わったようで,食堂で例の装置が鳴り響きます.ちょっと一服したい時ってのは,早いんですよね笑.残っていたコーヒーを口に流し込んで,あっくんをお迎えに行きます.

12:20~13:30 診察待機

あっくんをお迎えしたら,ようやく先生の診察ですが,ここでも待ちです.これは,普通の小児科の感じですね.

途中背中のボンベの酸素が切れたので予備のものと交換しましたが,まぁやることなんてそれくらいです笑.

同じ病気の子を持ったご家族とお話をして,時間を潰していました笑.

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あっくん:「まだ終わんないの-?」

13:30~13:45 診察

ようやく診察です.

本日の検査結果について報告を受けます.ここで経過が悪いと再入院になったり,外来の周期が短くなったりするのですが,あっくんの診断結果は如何に??

  • 経過は順調(グレン循環が順調に機能している)
  • 次の外来は一ヶ月後で良い

おお!良い知らせ! ^^

そして,あっくんは手術の関係で予防接種をまだ全然受けていません(だからあっくん連れての外出はちょい怖い ^^;).さらに,ノーウッド手術で輸血を伴ったので,その手術後は三ヶ月間予防接種を受けることができないのです.それについても質問しました.

  • 予防接種は4月から一気に挽回する
  • 近くの小児科で受けて良い

とのこと.なんだ,普通の小児科で良いのか!良かったー!

次なる課題は,かかりつけの小児科を探すことだな!

13:45~15:00 シナジス注射前の待機

これがまた長い ^^;

まず処置室が行列….途中であっくんが腹を空かすのですが,予防接種の30分前はミルクを飲んではいけないのだそう.しかも,いつ呼べるかはっきりしたことは言えないというのです.病院としては,順番に処置しているわけですからね.

ということは,患者としては,赤ちゃん本人が泣こうが喚こうが,注射を打つまで飲ませるわけにはいかないではありませんか… ^^;

おかーちゃんも疲れているので,おとーちゃんもあっくんを抱っこして病院中を何周も歩き回って,彼の気を空腹からそらします.

ここで待っている患者の親御さん達もお疲れのようで,結構な方がベンチで眠っていました笑.いやー,分かります…笑 ^^;

そしてようやく呼ばれたと思えば筋肉注射なわけです.当然あっくんはギャン泣きで退室です.

15:00~15:30 シナジス注射後の待機

さぁこれでミルクを飲ませられる!かと思いきや,そうは問屋がおろさなかったのです.

今度は,注射の30分後にアレルギー反応が無いかを確認するため,その間はミルクを飲ませてはいけないのだと言うのです.う~,き…聞いてないっす… -_-;

それ知ってたらミルク作らなかったよ….あっくんはミルクが熱くないと飲まないから,またミルクに湯煎をかけながら待機しないといけません.これも教訓です.

注射後,あっくんは痛いのとお腹ペコペコで全然落ち着きません.こういうときの待ちは,心理的に長いです.

そして,ようやっと30分が経ち,速攻でミルクを飲ませます.やっと少し落ち着きました ^^;

15:30~15:40 歯科で予約

次回の予約をするためだけに,歯科に行きます.これはすぐに終わりました.

15:40~16:10 会計

会計が混んでいるので,待ちます.

ついでに,小児慢性特定疾患と特別児童扶養手当の診断書作成依頼もここで行います.この辺りの公的な障害者支援制度の話は,申請が通ったら共有しようと思います ^^

そしてこの待ち時間で,あっくんはもうぐったりです.そりゃー無理もない… ^^;

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16:10~18:00 調剤

ようやく会計が終わっても,調剤にすごーーーく時間がかかります.

あっくんは下記の薬を毎日飲むのですが,これを一ヶ月後の外来日分までまとめて受け取るのです.今回は35日分.数にして280袋です.粉を作るのもそれなりに時間がかかるのですね.

    • アスピリン(抗凝血剤)20mg
    • カルベジロール(心臓を休ませる)0.5mg
    • エナラート(血圧を低下させる)0.5mg
    • フロセミド・アルダクトン(利尿剤)5mg・5mg
    • ワーファリン(抗凝固剤)0.55mg
    • カルベジロール(同上)0.5mg
    • エナラート(同上)0.5mg
    • フロセミド・アルダクトン(同上)5mg・5mg

↓こんな感じの量.バナナ三本重なるくらいの高さかな?

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我々両親も,この隙間時間でご飯を済ませてしまいます.

病院の売店でももういい弁当が残っていなかったので,近くのみらい病院内のセブンで弁当を買って,胃に流し込みます笑.

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18:00~19:15 移動

ようやっと薬を受け取り,家に向かいます.

あっくんはお疲れのためか,ご機嫌ななめのご様子.車でギャン泣きです.もう泣きっぱなしですが,チャイルドシートじゃどうしようもないですね ^^;

医者からは,心臓病なのであまり泣かせないでと言われるのですが,この月齢の赤ちゃんがこの状況で,どうやって泣かせないようにすればいいってんですか笑.

19:15~21:00 後片付け

帰宅してからあっくんにミルクを与え,寝かしつけです.本日ばかりは疲労困憊だったようで,速攻で寝てくれました笑.

あとは,持ち物を片付け,繋がっている薬の袋を切り離して一回飲む分量で仕分ける作業を,夫婦で分担してやっつけます.

よーし!ひとまずこれで今日のお仕事スッキリ完結♪

21:00 慰労会!

そして,我々もぐったりです笑 ^^;

全くもって心休まる暇の無かった一日だったので,急遽二人で慰労会をすることに!

とは言っても,まぁコンビニでチキンを買って缶ビールで乾杯するだけだったのですが笑.

こういう時に飲むビールって,染みるんですよね!これが超うまかったー!(今はもうミルクなので,妻も思いっきりビールってます♪)

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まぁ,疲れたけど,あっくんの経過が良好ならいいってことよ ^^

おわりに

外来は待機が80%

そんなこんなで,初めての外来はバッタバタなのでした ^^;

何がキツイかって,

  • 特に何かできるわけではないのに,ただ待ち続けなければならない時間が多いこと
    • 病院滞在時間の80%くらいは,ただの待ち時間
  • その時間内にあっくんに自由にミルクをあげたり寝かせたりできないこと
    • 検査の都合で,寝かせるタイミングや飲ませるタイミングを,赤ちゃんの意向に逆らって人為的に調整する必要がある

といったところです.

検査の関係上,これらの制約だけは私達の努力うんぬんでコントロール出来ないのです.ただでさえ乳児を連れ出すってのはちょっとしたイベントですから,それに加えてこの制約が伴い,しかも痛いことばっかりで一瞬たりとも楽しい時間なんて無いわけで,これが精神的な疲労を招くわけですね ^^;

もちろん入院中もこの手の制約はあったのですが,入院患者は病室で待っていて空いたら行くというスタイルだったので,こと「検査の待ち時間」だけに関して言えば,心理的な負担は小さいのです.どうせ入院中は常に病室にいるのですから笑.

今回は初回の外来だから検査が盛りだくさんだったわけで,さすがに次回はもう少し検査項目が減るとは思いますが….いやーなんにせよ,入院も楽しくなかったですが,外来も楽しいもんじゃーないですね笑.

経過が良好なのが何よりの幸せ

何か愚痴みたいになっちゃいましたが笑,あっくんの経過が良いなら,それで良しだ!

今回の外来で色々教訓も得たし,次回はもう少しスムーズに色々できると思うぞ!おとーちゃんもおかーちゃんも初めてだったから,手際が悪くて済まなかったね,あっくん.

でも,我々は負けないのだ!こういう時こそ,前向きに物事を捉えるのだ!

次回以降はどうすればもっと外来を楽しめるのか,一緒に考えようね!あっくん ^^

あっくん:「次回はもっと手際よくやってくれよー!」

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おとーちゃん:「お,おう… ^^;」

ブログアドレスを変更しました!

アドレス変更内容

タイトルの通りです♪

www.akkun-ikiru.com

よりブログタイトルに近いアドレスにしました ^^

ブックマーク等をしている方へ

大変お手数で恐縮ですが,ブックマークを変更後のアドレスに設定し直して頂きますよう,よろしくお願い申し上げます.

※一応,変更前のアドレスにアクセスしても変更後のアドレスに自動リダイレクトされます.よって閲覧に際して問題はございませんが,念のため ^^

独自ドメイン取得に踏み切ったよ♪

あっくんが無事に世界最難関の心臓血管手術の一つと言われるノーウッド手術を終え,元気に退院し,ハーフバースデーも迎え,初めての外来でも順調との報告を受けました.

このブログも長期で続けられそうだという見通しが立ったので,独自ドメインにしました ^^

せっかくですので,あっくんにハーフバースデープレゼントね(←オイ)!ブログを運営する上で,色々な面で身軽にもなるという事情もあり ^^;

記事の内容はこれまで通りのテンションですので(←それはそれでいいのか…?),今後ともどうぞよろしくお願い致します! ^^

あっくん:「これからもよろしくですー♪」

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