あっくんと生きる

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あっくんと生きる

「左心低形成症候群」と診断された息子の闘病記+親の感情

理解を得る

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はじめに

あっくんの病気について,周りの人たちに説明していきます.あっくんが生きていくためには,周りの皆様の理解を得る必要があるのです.

2016/05月/某日 (22週3日): 周囲に説明する

起きる

衝撃の告知を受けて1日.朝を迎えます.

人間,一晩寝ると頭が冷えるものです.何か嫌なことが起きた時でも,朝になれば気持ちの整理が付くものです.

しかし,今朝は違いました.一晩寝て冷静になっても,明るい未来を描くことができなかったのです.

診断を受けた当日は,そのショックから逆に「High」な状態だったのだと思います.むしろ,朝になって冷静になれてしまったからこそ,楽観視できない状況であることを,真正面から受け止めなければならなかったのです.

だって,現代の医療技術を持ってしても,以下のような運命が自分の子供に降りかかっているという事実を,告知の翌日に冷静に受け止めなければならないのですよ.

  • 出生後間もなく心臓の手術をしなければ亡くなるのは確実.
  • その手術は管理が非常に困難で,成功確率は高くはない.しかしその手術以外に治療方法は存在しない.
  • 仮に全ての手術が成功しても心臓に強い負担がかかるため,一生障害者として生きていくことは確定.
  • 他の誘発される疾患の治療のため,何度も入退院を繰り返したり,また手術が必要になるかもしれない.
  • 運良く普通の生活が送れるように成長出来たとしても,またいつ車椅子生活を余儀なくされることになるかわからない.
  • 20歳を超えると心不全不整脈が起こる確率が上昇し,リスクのある生活を覚悟しなければならない.
  • 長く生きても50歳まで生きるのは困難だとされている.

は?意味が分からない.あ,いや,言葉の意味は分かるのだけど,抜け道が無い.どうしろって言うんだ?

足りない頭でチョロ出しする案くらいはあるのですが,少なくともこの時点で考えられうるどんな選択を取ったとしても,軽症では済みそうにありませんでした.

そして,その事実を悟った時,私の心の緊張の糸もプッツンしてしまいました.私がしっかりしなければ,冷静になり家族をが進むべき道を示さなければ、などと思っていたのですが,この時ばかりはもう限界でした.不覚にも,妻の胸を借りてしまいました.妻のかけてくれる言葉が余計にそそるのです.

「私ばっかり泣いてごめんね.我慢しなくていいんだよ.」

そんなこと言うもんだから,余計です.何でそんなこと言っちゃうんだよ!とか思いましたが笑,この時ばかりは妻の言葉に甘えさせていただくことにしました.人でなしでも,こんなことはあるようです笑.

職場に説明する

そして,その日から出社します.妻が心配ではありましたが,まずはこの状況を上司にも説明しなければなりません.家にいてばかりでは悲しくなるばかりです.

病名だけは事前にメールで伝えていたので,話は早かったです.「無理に出社するのではなく適宜休みながら,まずは家族のケアを最優先させること.仕事はこっちが何とかする.」と伝えてくださいました.もう,上司には頭が上がりません.本当に感謝です.

実際に,上司に報告してからは何日かは午前中だけ出社させて頂いており,午後は自宅で妻と過ごすようにさせて頂きました.

午前だけ家にいて午後から出社するという選択もありましたが,午前中に一緒にいてしまうと家を出る時に後ろ髪が引かれるような思いをしてしまいます.朝の勢いのあるうちにバタバタと外に出てしまって,午前中だけは頑張ろうという意気込みでお互いのやるべきことをやるほうが,私達夫婦には合っているようでした.そうすれば,午後からはずっとそばにいることができるからです.

もし追加で必要な作業があれば,自宅で仕事ができないわけではありません.この現実を素直に受け入れられるようになるまで,少し甘えさせて頂くことにしました.

先生に説明する

私は,フルタイムの社会人であると同時に,課程で就学する博士学生でも有ります.

しかし,家族についてはこの状況,仕事にすらも手がつかない.ようやく仕事に手がつき始めたと思っても,妻か私の心のバランスが崩れるとすぐにペースが乱れてしまうこの有様.況んや研究をやという状態になってしまいました.

もちろん,指導教員にも息子の病気のことを伝え,しばらく就学は困難である旨を伝えたところ,先生も「大学のことはあまり気にしなくていいから,まずは家族のそばにいてあげて欲しい」と伝えてくださいました.これまた,先生にも頭が上がりません.お言葉に甘えさせていただくことにしました.

当初計画していた規定年数で修了できないかもしれませんが,もはやそんなことなどどうだっていいです.私の学位と引き換えに息子の命が救われるのであれば,全てを投げ打ってでも助けてあげたいくらいです.

まぁ,当然そんなに現実は甘くはないことは承知しているので,実際には実効性の高い合理的な方策を模索するしかありません.

友人に説明する

妻は,宮城の友人に事情を説明しました.里帰り先でかかる病院などについて相談していたため,このような状況になったことはしっかりと説明したかったのでしょう.

妻の友人達も大変心配をしてくれているようで,申し訳なくもあり,ありがたくもあるという,状況です.

私は,まだ友人には話せませんでした.いずれ話す必要はあるだろうし,隠すつもりも全く無かったのですが,まだ友人には伝えられなかったのです.

両親の支え

妻方の両親も,自分の娘,孫を救うため,本当に親身になって協力してくださっています.運良く,妻のお父さんが医療関係の仕事をしているため,情報収集には長けています.宮城の実家にいながら,ものすごいスピードで,色々有益な情報を提供して下さいます.本当に,ありがたい限りです.

宮城での出産を断念

そんなご両親の計らいで,さっそく目星をつけていた宮城県の病院における,「左心低形成症候群」の実績に関する情報をキャッチしてくれたようです.

具体的な病院名と実績を記述することは避けますが,この病院における左心低形成症候群の術後成功率は,一般的な感覚からしたら望みを託すことは躊躇されるような値だったのです.まぁ,無理もないとは思います.こんな難病中の難病の治療,おいそれと成功できる病院ばかりではないのは承知でした.それでもやはり,親の感情としては堪えるものがあります.

宮城で出産しようと検討し,少し見通しが立つかもしれない!と言う希望の光が差し込んでいた矢先,その計画が根本から覆される現実を前に,また妻の心がメタメタにされてしまいます.私の心もメタメタです笑.

不幸中の幸い

同時に,少し希望が見えるニュースも掴んでくださったようです.一体,妻のご両親は何者なのでしょう笑.

とにかく,なんと!私達が暮らしている福岡県にあるこども病院なら,心臓の手術に長けているようです.全国的にも圧倒的に乳児の心疾患の症例数が多く,この憎き「左心低形成症候群」の手術実績も,日本で上位に位置する数字を叩き出す実力を有しているようなのです.もちろん,100%という訳にはいきませんが,それでも十分に希望は持てます.そういえば,北九州医療センターでも、この病院の名前が挙がっていたかもしれません.まぁ,当時は気が動転していたため,ほとんど覚えてなどいませんでしたが笑.

私達の住居は福岡県の中でも北九州側なので,病院まで超絶近いというわけではないのですが,それでも幸運な方です.同じような病気に苦しむご家族が,藁をもつかむ思いで遠く離れた地から福岡まで助けを求めにいらっしゃるケースも多いようです.そういう境遇のご家族に比べれば,私たちは恵まれた境遇にあると言えるのです.

ここまで分かれば,もう一択です.居住地と手術の成功確率からしても,福岡県立こども病院に賭ける以外に,手はありません.

私は運命とか神様とか容易に信じるタイプの人間ではありませんが,この時ばかりは,私が地元の宮城県を離れ,福岡県で勤務していることに,何か縁を感じざるを得ませんでした.

すぐに北九州医療センターの先生に連絡し,紹介状を書いて頂く約束を取り付けることができました.これで少しだけ気持ちを落ちるけることができました.

未だ晴れぬ

こうして様々な人に支えられて,本当に感謝の念が絶えません.この恩に応えられるようにしっかりしなければと思うのですが,やはりすぐに気持ちが晴れるものではありません.子供が難病にかかっているという事実に変わりがないからです.

いくら良い選択を見つけたとしても,ふとした時に胸がギューーーーッと痛くなる時が,定期的にやってきます.頭ではわかっていても,まだこの病気と向き合うことができていないのだと思います.

妻もまだまだ泣いてしまいます.そんな妻を見て私も平常心を保つのは,正直言って困難です.いたたまれない気持ちを胸に,妻を見ていられないような感情に苛まれますが,その姿を直視し,受け入れ,私がそばで支えなければ,妻は前に歩くことができない状況なのです.

ずっとお腹で育てたい

そんな私達がこうして奔走している間にも,あっくんはどんどん大きくなっています.胎動の機会も多くなり,その力もますます強くなっていきます.お腹の中にいる間だけは,他の健常な赤ちゃんと何ら変わらず成長することができるからです.お腹を触りながら,あっくん!と声をかけると,ポーンと蹴ってくれたりすると,思わず笑顔が溢れるものです.

ですが,妊娠した夫婦にとって幸せなこの行動が,妻にとってはまた残酷なものです.動けば動くほど,力が付けば付いてくるほど,切なく,悲しい思いをすることになってしまうのです.だって,こんなに元気に育ってくれているのに,やっと生まれてきた瞬間に死んでしまうのかもしれないのです.

我が子の成長と健康を願い,その胎動に喜びを感じることは親として当然の感情のはずです.なのに,私達の息子が妻のお腹の中で成長するということは,生死を彷徨わねばならぬ恐怖の瞬間に近づくということを,その肌と感覚を持って直で感じ続けなければならないのです.妻がよく言うのです.

「あっくんにこんなに痛くて苦しい思いをさせるくらいなら,ずっとお腹の中で育ててあげたい.出すのが可哀想だよ….」

そりゃあそうです.どこの世界に生まれてきた自分の赤ちゃんを苦しませたいなどと考える親がいるもんですか.一方,どこの世界に自分のお腹の子供が生まれて来ないことを望む親がいるもんですか.

普通の出産ならば両立するそんな2つの感情に対して,必ずどちらか一方を捨てなければならないことに葛藤すると言う無茶苦茶な状況に直面しているわけです.こんなトレードオフは嫌だっていうネタがあったら,笑えないよ.そんな笑えない状況を受け入れることが,まだ嫁にはできないんだよ.俺だってできないよ.

俺の嫁が一体,何をしたというんだ…?何で普通の妊婦さんであれば素直に喜べて,笑顔になれる行動が,こんなにも俺達を苦しめなければならないのだ….

試練や天罰などと言うには,あまりにも代償が大きくはないですか…?

は!また,弱気なことを….いかん!いかんいかんいかん!!!私がこんなんでは,あっくんに笑われてしまう!

前向きに,前向きに.前進!前進!