あっくんと生きる

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あっくんと生きる

「左心低形成症候群」と診断された息子の闘病記+親の感情

山と谷

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はじめに

告知を受けて3日.夫婦ともども,過渡期は感情の起伏が激しいようです.毎日がめまぐるしく過ぎていきます.

2016/05/某日 (22週4日): 山

散歩

前日,期待を込めていた宮城県の病院を断念せざるを得ないという絶望的な状況から,福岡県の病院に希望を持てるようになったことで,夫婦は2人とも少し精神状態が落ち着いていました.

冗談を言い合ったり,録画していたお笑い番組を見て腹を抱えて笑ったり,そんな当たり前の日常が取り戻せたような気分で,前向きに未来のことを話しあったりしていました.

心も,空も,晴れ晴れとしています.

「散歩でもしよっか.」

どちらともなくそんな雰囲気になり,特にこれと言った目的も持たず,お家の周りをブラブラすることにしました.

思えば,こんなにゆったりした時間なんて,久しいものです.

私が社会人博士課程へ進学してからというもの,早朝4時に起きたり,寝る直前まで時間を確保したりと,研究をするための時間確保に努めていました.いかなる行動をも能率的にこなさなければという意識が先行していたかもしれません.そうしないと,仕事と勉強の二足草鞋生活自体を成り立たせることができなかったからです.だから,目的もなくブラブラ歩くなどという発想が出てくるなど,ここしばらくは無かったかもしれません.

謎の健康設備

目的もなく歩くというのは中々面白いもので,普段目につかないような下らんモノにも目が向くようになります.

例えば,コレ↓ f:id:MoriKen254:20160512211618j:plain

カンカン照りのお天道様の下,ご近所の散歩道をブラブラしていると,簡易健康設備(?)のようなものがありました.私は週末にランニングをすることにしており,よくこの道を通っていたのですが,特に気にしたことなどありませんでした.

「何か面白そうだな,やってみっか.」

なんて感じで,適当に遊んでみたりして,うまく使いこなせなかったりして,妻とゲラゲラ笑っていました.あっくんが与えてくれた,久々のゆったりした時間なんだなぁと,どこかしんみりした時を過ごすことができました.

ありがとう,あっくん.

ぶり返す

そんな安らかな一時を過ごし,久々にモグモグとご飯を食べることができました.

「飯がうまい!お酒お酒♪」

「おつまみも食べよう!」

そんな感じで私は缶ビールを,妻はノンカフェのお茶を一杯頂きながら,子供の明るい未来について語り合っていました.

しかし,そんな時間も束の間だったようです.

夜も更けベッドで横になると,強烈な不安が襲ってきます.私は何かに圧迫されるような夢を見て恐怖を感じ飛び起きるわ,妻はまた不安に襲われ泣きじゃくるわで,先程までの安らかな時間はどこへやらという始末です.

絶望的な状況から少し希望が見えてきた時こそ,心の危険サインが点灯するようです.少し見えかけた希望というある意味制約された範囲に対して冷静に向き合えるようになると,やはりどうしても病気の負の側面が浮き彫りになってくるのです.頭では分かっているのですが,突然心にズンッと突き刺さる時がやってくるのです.

私は,この手の恐怖というものは,もう少し上手に乗り越えられると思っていました.まさか,自分の意識や感情とは無関係に,心を蝕むほどの強烈な不安がこんな風に定期的に襲い掛かってくるなどとは,夢にも思っていませんでした.よく聞く言葉を借りると,その身になった者にしか分からない感情,と言ったものでしょうか.この表現が,すごくしっくり来ます.これまで,私自身が分からなかったのですから.

やはり,我が子に降りかかった難病の恐怖というものは,そう簡単に乗り越えられるような代物ではなさそうです.

2016/05/某日 (22週5日): 谷

飯が食えん

やっぱり,朝からあまり気分は晴れません.冷静になった時ほど危険,の信号がビカビカ点灯しています.

後ろ髪を引かれるような思いで朝に出社したのですが,この日も午前で帰らせて頂き,残った仕事は在宅で行うことができました.前日ほとんど寝ることができなかった妻も,私が帰ると横で眠ることができたようで,とても安心しました.

しかし,その日の感情は谷.夜ご飯は喉を通りませんでした.

先輩

いつになったらこんな状態を乗り越えられる日がやってくるのだろうと,夫婦でため息ばかりついてしまいます.

そんな情けない私達をよそに,左心低形成症候群を患う子供を授かった同じ境遇の方のブログを読んでいると,とても強く,前向きに頑張って子育てをしている例も見受けられ,どうしてそんなに強くなれるのだろうと思うものです.

きっとそんな先輩方も,初めは私達と同様の感情を抱かれ,様々な葛藤を乗り越えたからこそ,強く生きるその姿に至ったのだと思います.

果たして私達夫婦もそんなたくましい諸先輩方のように強くなれるものなのだろうかと,まだまだ不安な感情を胸に,日々を過ごしていくことになりそうです.