あっくんと生きる

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あっくんと生きる

「左心低形成症候群」と診断された息子の闘病記+親の感情

育児における父親の役割ってなんだろう

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はじめに

標記の通りです.

育休は取っているものの,まともに子育てできているような身分ではないのですが,色々頭を巡ったので整理しておこうと思います.

ここに書くことは,私自身への戒めです. 行動云々の前に,まずは心をしっかり構えねばならないと思っています.

孔子による

「仁不在の礼は虚礼なり」

とは,うまいこと言ったものだと思います.

実は,この心構えというテーマについて私自身ずっと悩んでいます…. 父親が母親のお手伝いをいくらしたところで,母親の抱える本質的な苦しみを軽減することはできないと思うからです.

母親の辛さ

母親が子育てしてて一番辛いのは,とにかく融通が効かなくなることなのだと感じています. 常に子供の機嫌に振り回され,ようやく一息つけたと思った時に限って何かが起きて,また子供に手がかかって,という状況が24時間続く. おっぱいだって定期的に飲ませなければならない.泣くから飲ませているのに,いざ飲み始めるとうまくいかない.泣き始めたら何をしても泣きやまない.そんなことは日常茶飯事.

まずこの「不自由感」が,母親のストレスの根源にあるのではないかと思うのです.

かと言って,母親がそれを他人に伝えた所で,「母親なんだからそんなものだ.皆同じ経験をしている.」で,片付けられてしまう.

結局母親がおっぱいをあげないといけないし,あやしてあげないといけないという結論になるのは頭ではとっくに分かっている.だから,何とか自己解決して黙々と育児を続ける. その割に,誰から感謝されるわけでもないし,お金がもらえるわけでもない.ただ,子供への愛情と,母親としての責任感(義務感あるいは理性)だけが育児の原動力となる.どんなに投げ出したくなっても,やる気の拠り所は自分の精神にしかない.

夜も眠れない,身体中が痛む,もうフラフラ,なんで自分ばっかりこんな思いをしなければならないんだ.そんな思いがとめどなくこみ上げてくる.

父親は,まずは母親の抱えるこういった現状をしっかり認識しなければならないのだと思います….そして,そんな無償の愛による献身を黙って捧げてくれている母親には全力の尊敬と感謝の念を示さなければなりません.

母親は偉大です.

父親の無力さ

しびれを切らして父親に相談したのに,大抵の場合は根本的な解決にはならないということも,母親にとってストレスになるのだと思います.だって,父親は授乳を代わってあげられないし,あやしてみたって母親みたいに上手にできない.ちょっとは代わろうと手を差し伸べた所で,却って子供の機嫌を損ねてしまう.あーもー使えない!となります(実際,私は使えてないです… T_T).

そうすると,せいぜい父親のできることなんて,身の回りのお手伝いとなります.そして,ココが落とし穴です.

父親は,母親が辛そうにしているのは目で見て分かるものです.だから,良かれと思って,少しでも楽をさせてあげたいと思いお手伝いをする.それでも,母親の抱える根本的な苦労は全く軽減できないし,父親が妬ましくなる.何故か?

父親なんて,なんだかんだ言ってもメリハリある生活できるじゃん?」

これで一発KOです.ぐうの音も出ません.

父親の方が融通が効く

仕事をしているなら,平日デイタイムは子供から解放される.夜だって母親が授乳しているのを脇目に,ぐーすか寝ていられる.飲みニケーションという口実で酒だって飲める.

育休を取得して通院している私だって,夜は家に帰れる.あっくんが夜泣きしてあやしている苦労なんてツユも味わうことなく睡眠をとることができてしまう.じゃあそれに付き合って,父親にも敢えて寝ないという苦行を味わってほしいとかそういうことでもないでしょう.むしろ,ちゃんと睡眠をとってやるべきときに事をなせるよう体調管理はしてもらわないと困るわけです.

母親としても,父親が遊んで暮らしているわけではないことは百も承知である.父親が楽をして稼いでいるわけではないことも理解している.それを差し引いても,こと育児という観点に絞って考えが巡ってしまうと,どうしたって不公平感を感じずにはいられないでしょう.育児中の母親にとっては,子供が世界の全てになる.そこから目を離そうなんて,環境が許してはくれない.

そんなこんなで,母親の抱く根本的な苦労を理解することなく父親がいくらお手伝いをしたところで,一向に母親のストレスは軽減せず,雰囲気は改善しないでしょう.

言ってはいけない

ここで口論になったりしたとして,父親がこう言おうものなら,正に火に油を注ぐようなもので,乱闘開始でしょう.

「こっちだって仕事して疲れているんだ!遊んでるわけじゃない.しかもこんなに手伝っているのに,これ以上何をすれば良いんだ!」

こんなこと,口が裂けても絶対に言ってはならないし,そもそも思う事自体が不毛だと思います.父親は高々「手伝うことしかできない」という無力さに対して,責任を感じなければなりません.平日仕事もしていて休みも育児をしているんだから感謝しろ,みたいな威圧は絶対にかけてはいけない.

だって,母親の立場になれば,同じような発言が返ってくるでしょう.

「こっちだって育児して疲れているんだ!遊んでるわけじゃない.しかもこんなに不自由な思いをしているのに,何で分かってくれないんだ!」

これでは,売り言葉に買い言葉となってしまいます.

永遠に解決しない

母親が自分では全く制御できない「不自由」という制約を抱える以上,仮にいくら父親が授乳と寝かしつけ以外の全ての代行可能な作業をやったところで,母親の持つ根本的な苦しみを解決することなど,おそらく永遠に不可能でしょう.

永遠に不可能なものを求めて,父親が的はずれな解決法を提示して「ほらやったぞ!満足だろ!」と言い張ったところで,母親は永遠に満たされません.それに気づかず言い争っても,やっぱり永遠に何も解決できそうな気がしません….

育児も立派な仕事だと思います.それを思えば,母親は平日休日も日夜も問わず,四六時中無給で働いていることになります.超ブラック企業に勤めているような状況でしょう.だから,その状況に理解を示し,一緒にいられるときぐらいは,少しでも力になりたいという感情が自然と湧き上がるくらいの心持ちがなければ,平和にことを進めるのは難しいように思われます.

仕事に優劣などありません.父親であろうが母親であろうが,ひいては子供であろうが,人間としては対等であるべきだと思います.

まずは,お互いの責務を全うしているということを尊重しなければならないと感じています….

加えて,入院

そこにきて,あっくんの心臓病,長期入院です.

子供の不自由に加えて,医者,看護師,清掃,処置室に連れて行かれる,常に誰かが部屋に入ってくるやもしれぬという状態にさらされる.授乳の度に体重計を持ってこなければならない.排泄の度にオムツの重さを図らないといけない.ただでさえそんな制約があるので,シェアしなければならないお風呂と洗濯は都合の良いタイミングでできるわけでもない.

処置室に連れて行かれると,病室までギャン泣きの声が聞こえてきます.「予防接種かわいそう」とかそんなレベルじゃないです.ほぼ毎日予防接種級の処置を受けているようなもんです.もういちいち気にしていたらやってられません.無理矢理にでも心を無にしてギャン泣きする我が子をただ黙って見守るしかありません.これだって相当なストレスです.

極め付けは,24時間点滴を気にしなければいけない.この点滴が切れたらあっくんは命を失います.すぐ閉塞するし,点滴が切れたら深夜でも容赦なく大音量で電子音が鳴る.ようやく授乳をして寝かしつけた直後のタイミングだろうが,そんなものは関係ない.妻はもちろん,あっくんも寝られたもんじゃない.

ただでさえ「育児による不自由」があるというのに,「病気と入院による不自由」が単純に加算されるわけで,妻は本当に強い気持ちを持って耐えてくれているのだと,感謝をせねばなりません.

どうすればいい

こんな状況,私も不公平だと思っています.何とかしたいと心から思っています.しかし,そう簡単に解決できる問題ではなく,おそらく今この瞬間も,妻を苦しませてしまっていると思います….

たまに妻が相談してくれるという事自体,信頼してもらえてる証として嬉しいことなのですが,何と声をかけていいか分からないのです….

かと言って,無理に何か言わねばと言う使命感から,安易にアドバイスなどできたものではありません.その状況を直に代わってあげられているわけでもありません.軽はずみに上から目線で助言を与えようなど,痴がましいことこの上ないと思ってしまい,口がつぐまれるのです.

代わってあげたいとは思うのですが,私があっくんを抱いてあやしても泣き止むどころかギャン泣きされてしまう始末だし,どうもあっくんは哺乳瓶でミルクを飲んでくれなくなってしまいました….そんな状況で私が付き添っても,そっちのほうが心配になるということで,私は相変わらず身の回りの手伝いをしているような状況です.

母親の抱える本質的な苦しみを軽減するために何をするのが最善なのか,まだ答えが見つかっていません….

今できることは,妻の話を聞き,その状況にできるだけ理解を示し,黙々と「お手伝い」をすることです.黙々と育児をしてくれている妻に対して,少しばかりの恩返しをするのが精一杯です….

それが,少なくとも今私ができる父親の役割」だと言うことにして,ひとまず前に進むことにします.止まってばかりいても何も進まないので,間違っているかもしれなくても進みながら修正をして行こうと思います.

おわりに

色々思案はしたものの,結局結論は出ず,「手探りします」で締めることになってしましました ^^;

これからまだ色々なことを経験しながら,家族で楽しく生活できる方法を模索していきたいなぁと思います ^^