先日、あっくんの緊急手術についてちょろっと述べました。
今回、ひとまず手術自体は無事に終わりました。今はPICU(小児集中治療室)で術後処置を受けています。
現状
術後の経過としては、そんなに良くもないけど、悪くもないといったところです。無気肺が確認されたこともあり、ここまでで人工呼吸器の脱着も複数回行われています。
サチュレーションが低く酸素はハイフロー(8L/min)、肺血圧を下げるべく一酸化窒素(50mL/min)も注入中。
手術概要
当初はうまくいけば左肺動脈を再建しようというお話でした。
しかし、残存している左肺動脈が非常に細いため、形成術は断念。術中判断にて、代わりに下記手術が行われました。
要は、ざっくり以下の通り。
- 左肺動脈の衰弱が著しいことが開胸時に判明。
- 現状で肺動脈再建術を行っても、フローが確保できる見込みが薄いと判断。
- そこで、まずは衰弱した左肺動脈の再成熟を期待して、大動脈から左肺動脈にシャントを形成。
もちろん、こうなる可能性も示唆されてはいました。ありえる選択肢の中では妥協的なものではありますし、これで肺動脈が十分成長する保証もありません。
ですが、当然何もできないよりはずっとベターです。
あぁ!文字だけで説明するのは多分伝わらないですよね汗。分かってはいるんですけど…。
その他詳しいこと含めて、後日図と共に説明を行うエントリを上げます。
感謝
事実を記述すると、上述のような歯切れの悪い説明をせざるを得ないのが心苦しいです。
しかし、医師やスタッフの皆様のご協力のおかげで、このように今出来る処置を精一杯してもらえて、私はとてもありがたいと思っておりますし、安心して医療を任せています。
だって、この病院で処置してもらえていなかったら、あっくんは生後1ヶ月以内に確実に死亡していたのですから。
それに比べれば、退院後もあっくんといっぱい戯れることができて、今も生きていることを確認できている。アンパンマンやおかあさんといっしょに夢中になるあっくんを横に、やれやれとにやにやするおとーちゃん(←変態か笑)。何はともあれ、親としてこんなにうれしいことはありません。
これほど幸せな時間を提供してくれた病院スタッフの皆様には、心から感謝する気持ちしかありません。
あっくんにも、生きていてくれていることに対して感謝の気持ちしかありません。
知足
禅の視点から
東洋哲学の真髄である「禅語」に良い言葉があります。
いわゆる「足るを知る」です。たった二文字の単語ですが、人生のエッセンスが凝縮されています。
以下もほぼ同義。
坊さんは小さな畑さえあれば一生食っていけるし、猟師は竿一本あれば生涯安泰だよね、というもの。
どれもこれも、あれもこれも期待する前に、まずは手にあるもので満足することが生きることの本質なんじゃなかな、ということを実に端的に表現したものです。これは、東洋哲学が残してくれた偉大なる贈り物ではないでしょうか。
心理学の視点から
更に、西洋心理学の分野でもアドラーがこの境地を提示しています。
アドラー心理学では、何を所有しているかで価値判断を行い他者よりも不足する場合にはその境遇を嘆く(←これを劣等コンプレックスと初めて定義したのもアドラーらしい)ことを正当化(?)しかねないフロイトの精神分析学を「所有の心理学」として真っ向から否定しています。(だから彼らは泣き別れることになったんでしょうね。)
他方アドラーは、与えられた境遇の解釈方法や、その活用方法によって、万人は今この瞬間から幸福になれると主張する
を提唱しているのです。これ、まさに知足の境地に通じるものであります。
是、真理なり
東洋哲学では経験論的な積み重ねからエッセンスを抽出した結果「知足」が生まれました。
アドラー心理学でも、事実を元にボトムアップ的に淡々と理詰めで議論すると、結局「知足」に辿り着く。
これはとても不思議なもので、古今東西で皆が同じことを言うのですから、マジで真理なんじゃないかと思います。
これだから古典もいっぱい読みたいのですが、いかんせん読む時間が確保できなかったり、ね(←愚者の言い訳です。トホホ…)。
おわりに
とにもかくにも、あっくん、手術よく頑張りました!
またあっくんといっぱい遊べる日が来るのを楽しみに待っているからね。
あっくん:(なーにしんみりしてるんすか?そういうのいいですから、会社休んでないで、あなたは働いて稼いできなさい! from 夢の中)
おとーちゃん:耳が痛いですね ^^: うまく調整すれば何とかなるんだから、そういうこと言わないの笑。何はともあれ、よく頑張ってくれたね。土日にまた会いに行くぞよ! ^^