あっくんと生きる

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あっくんと生きる

「左心低形成症候群」と診断された息子の闘病記+親の感情

病児家族にオススメするかわいいお薬ポケット!

在宅記録 グッズ紹介

はじめに

あっくんは心臓病児ですが,病気の種類に限らず毎日薬を飲む必要がある病児もおられると思います.一生飲み続けなければならない薬もあるでしょう.

そんな毎日のお薬事情ですから,さっと取り出せて飲ませられる入れ物があったらいいなぁと思いませんか?私たちは退院することが決まった日にそう思いました笑.

ただ,子供の薬の場合,錠剤ではなく,粉薬となります.プラスチックの薬ケースだと一回あたりの薬を格納するスペースが小さく,使えない場合があります.

そこ登場するのがお薬ポケットです.今回は,私達が購入したお薬ポケットをご紹介します.

デイライブラリー お薬ポケット

我が家で購入したのはこちらです.Amazonでは見当たらず.

きっかけはおかーちゃんの一言です.

おかーちゃん:「せっかくだから何かかわいいお薬入れないかなー?」

横でそんなことを言うもんだから,おとーちゃんが適当に調べて(←オイ)これがヒットしたので提案したら,一発採用でした笑.

朝昼晩,一週間分の薬を小分けにできる仕様です.大抵の投薬には対応できるかと思います.

メリット

デザインがかわいい

恐らくこの商品最大の付加価値だと思います笑.このお薬ポケット以上にかわいいデザインは,私が適当に(←オイ)調べた限りでは見つかりません.

それに,種類も4つ.

ねこ,いぬ,チェック,ボーダーの柄から選ぶことができ,私たちは「いぬ」にしました ^^ (ねこでも良かったのですが,売り切れでした笑.)

↓こんな感じで,我が家のあっくんコーナー辺りの壁にかけて使っています.

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動物デザインではちとかわいすぎる,もう少しシックに攻めたいなら,チェックやボーダーもOKと思います.

我が子のお薬ポケットくらい「かわいい」あるいは「おしゃれな」ものにしたい!というママには絶好のチョイスとなるでしょう.

持ち運びが簡単

実はこのポケット,パタパタ折りたたむと携帯モードに変形します.

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一週間以内の外出なら,これをそのままひょいと持ち出せばいいのです.楽ちんです♪

落下防止用に全ての曜日のポケット+後述のフリーポケットにチャックがついているので,その点も安心です.

曜日に関係なく使えるフリーポケット

実はこのお薬ポケット,最下段の日曜日の更に下に,フリーポケットというスペースがあるのです.

これが結構侮れない.入り切らなかった分の薬や,持ち運びの際に予備として一週間+α分に薬を入れておくにはもってこいなのです.

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このフリーポケットが付いている商品が意外と見つからなくてですね笑.

あっても持ち運びできなかったり,持ち運びできるタイプだとフリーポケットの方が付いていなかったりで,中々しっくり来るのが見つからなかったのです.

そこにきて,デイライブラリーのお薬ポケットは,持ち運びもできて,かつフリーポケットが付いている数少ない商品だったのです.それでいてデザインも優れているのですから,やっぱりこれかなーと思って選択しました.

デメリット

価格

これだけメリットだらけなのですから,どうしてもココに来ますね.

相場より1,000円程高いことがデメリットかなと思います.

ただ,それでも約3,000円なので,デザイン性だけを考慮しても理不尽な値段設定ではないないなぁと言う印象です.加えて,得られる利便性も優れているので,拒絶反応を起こすほどの価格ではないと判断しました.

私の場合は,以下のように考えて購入に踏み切りました.

お薬ポケットなんて何回も買い換えるものでもなければ,哺乳瓶みたいに何本もストックしておくものでもありません.初回一発買ってしまえば,小学生くらいまでは使えるでしょう.

高学年あたりでかわいいデザインが恥ずかしいと思い始めるまで約10年です.本製品は約3,000円ですので,一年辺り300円,ひと月あたり約25円です.コーヒー一杯を外で買うのではなく自宅で入れればお釣りがきます.この程度の我慢で利便性とデザイン性を両取りできるのであれば,買い!と,いった感じです.

あぁ,うっとうしいですね笑.こういうこと言うと,いつもおかーちゃんに呆れられちゃうので笑,勝手にこう考えてポチってます ^^

他の検討対象

一応比較対象も一つだけ挙げておきます.

下記のお薬ポケットも検討したのですが,上述のお薬ポケットが一発採用となり,サヨナラでした笑.

デザイン性に劣りますが,相場より安価だし,シンプルで使いやすそうという点は評価できます.

ただ,フリーポケットも無ければ持ち運びに向かないという点からも,私もデイライブラリーにして良かったと思っています ^^

あっくんの投薬量

どのくらいの投薬量で利用できているかの参考として,あっくんのケースを記載しておきます.

あっくんは朝夕各4袋ずつ粉薬を飲んでいます.

※もちろんこれをそのまま飲ませるのではなくて,一旦お白湯で溶かしてからスポイトでお口に注入します.

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この量なら余裕で収まります.もう少し入れても普通に使えると思います.

※参考として,試しに一つのポケットに8袋入れてみましたが,入るには入ります.8袋ではさすがに取り出しがちょっときつくなるかな,と言ったところです.

おわりに

今回はかわいいお薬ポケットのご紹介でした笑.

長く使うことを考えれば,中々良い製品だと思いますし,あのかわいいいぬの顔を毎日目にすると,愛着も湧いてくるというものです笑.

病気で苦しむ我が子に,せめて長く使うアイテムはかわいいものを,というご家族には是非オススメしたいです♪

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あっくん:「最近お茶も飲むぜー!」

おとーちゃん:「薬の方が上手に飲むけどな… ^^;」

あっくん,離乳食デビュー!(グッズ紹介あり)

在宅記録 退院~フォンタン グッズ紹介

はじめに

前回の外来で先生に尋ねたことがあります.

www.akkun-ikiru.com

おかーちゃん:「離乳食って,始めても良いんですか?」

当たり前なことでも先生に確認

あっくんはもう生後6ヶ月半.健常児ならとっくに離乳食を始めている時期ですが,あっくんはまだ退院明けの心臓病児です.

こういう当たり前なでさえも,逐一先生に確認を取る必要があるのです.病児の家族はいつも心配なのです.

例えば

例えば,まだあっくんは外出できません.治療の関係上,健常児が受ける予防接種も一つも受けてないのです.風邪の種類によっては再入院,最悪の場合は命に関わることも.

じゃあ早く予防接種すりゃーいいじゃんと思うでしょう?でも,手術で輸血をした後,感染症のリスクを低減するために三ヶ月間は予防接種をしてはいけないのだそうです.さらに,心臓病児のあっくんでも受け入れてくれる近くの小児科を探す必要があり,ちょっと手間取っている状況です.

そんな状況なので,あっくんを連れて買い物にも行けません.今は私が育休を取れているので,おかーちゃんが家であっくんを見ている間,私が買い物にいけるのです.こちらには親族もいないので,ホント育休が認められていなかったらどうなっていたことでしょう….

結果発表

さて,いつものように話がそれました笑.お話を戻して,あっくんの離乳食の件です.

先生の回答はいかに!?

先生:「はい,離乳食いいですよ.普通に食べさせてあげて下さい.」

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

制限はある

ただし薬剤師さん曰く,

「緑色野菜については,過剰摂取は避けて下さい.」

とのことです.

理由は,緑色野菜はビタミンKの含有量が多いためです.

じゃあなんでビタミンKの含有量が多いとダメなのかというと,あっくんがワーファリンを服用しているためです.

じゃあなんてワーファリンを服用しているとビタミンKを摂取してはいけないかというと,ビタミンKによってワーファリンの抗凝固作用が減弱するためだそうです.

ワーファリンと食材に関する情報は,下記サイトが分かりやすいです.

www.matumoto.info

ワーファリンを摂取していると,納豆は完全アウトなんです.あんなに美味しいのに笑.

取り敢えず手を付けない

とは言え,生涯に渡り全く緑色野菜を食べないというわけにはいかないので,過剰摂取は避けて,という言い方になるようです.

しかしです.

大人ならともかくとして,離乳食デビューしたての赤ちゃんにとって,あんなちょこっとのメニューのうち,どこまで入れるのが適量でどこからが過剰摂取なのかさっぱり想像がつかないもので笑,とりあえず今は手を付けないようにしています.

今度の外来の時,薬剤師さんにちゃんと質問してみようと思います.

というわけで,あっくん,離乳食デビューです ^^

2017/3/某日 (生後28週3日):あっくん,離乳食デビュー!

外来から少し時間が経っているのは,離乳食グッズを調達していたからです♪

友人から退院祝いで頂いたものを盛大に使わせていただいております.本当にありがたいです!

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あっくん:「なんだこれー!?」

若干の拒否反応を見せながらも,ちょこっと食べてくれました ^^;

長期の入院で母親教室に一度も行けなかったおかーちゃん.初めての離乳食作りに精を出しています♪

使用したグッズのご紹介

いつか(←オイ)ちゃんとレビュー記事を書きますが,触りだけご紹介します.

以下に紹介するグッズが大変役立っています ^^ おかーちゃん絶賛です!

離乳食の本

  • 妻にインタビュー
    • レンジで簡単なのが嬉しい!
    • 冷凍を前提としているので,作り置きができて嬉しい!
    • 基礎の基礎から書いてあるから母親学級に行けなかった自分でも理解できた!
    • シンプルで自分でも作れると思えるメニューで心理的負担が小さい!
    • 見開きで情報が完結していて使いやすい!
    • 月齢別,食材別のまとめも見開きでまとまっていて見やすい!
    • 画像がたくさんあって手順が分かりやすい!

調理セット

  • 妻にインタビュー
    • レンジで作れるのが良い!
    • おかゆクッカーの蓋で本当に吹きこぼれない!
    • こし器,すりおろし器が使いやすい!
    • さっきの本でもこの調理セットが紹介されていたら,本を読みながら迷わず作れる!

食器セット

  • 妻にインタビュー
    • 食べさせるスプーンの角度が絶妙! *(以下の2つは今後使ってみないと分からないけど,特長自体は確認済み.)
    • 赤ちゃんが自分でスプーンを掴んで食べる段階になったときに導入しやすいようなスプーンの角度になっている.使うのが楽しみ.
    • 取り分け用の皿の後ろに吸盤がついているから,チェアの机に張り付けられて皿が落ちにくい!

というわけで,また数回しか使っていないのでしっかりとしたレビューはできませんが,少なくとも私達の導入時点では十分役立っていて,今後の成長に合わせて使い続けられるようです.

またしっかりとした使用感が分かった時に,ご紹介しようと思います ^^

おわりに

離乳食が食べられるまで回復してくれて,本当に良かったです.

手術後のミルクの飲まなさは半端なかったので,あの時の絶望感を思うとこんな小さい一歩でも本当にうれしいのです.

これから色んなご飯を食べられるようになろう!

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あっくん:「ま,ミルクのほうが断然うまいけどねー♪」

おとーちゃん:「でしょーねー ^^;」

2011年3月11日の日記を振り返る

エッセイ

はじめに

下記エントリで述べた経緯で,東日本大震災当時の日記を振り返ります.

www.akkun-ikiru.com

この日記は,あっくんや育児に直結する話ではありません.また,構成もメチャメチャ,段落分けも貧弱,です・ます調でもないことは,当時の文書をそのまま引用したためです.写真も当時持っていたガラケーが容量不足のため最低品質で撮影したもので,画質が超絶荒いです.当時の精神状態が表れている文章になります.

気になった部分だけちょこっと修正していますが,文意はそのままです.

そんな感じでいつもと毛色が変わる投稿になることを,ご容赦下さい.

2011年3月11日(金): 地震当日

地震発生

仙台の研究室で実験中に地震発生.居室は6階建てビルの4階.緊急地震速報が作動し「震度4」と予報. 皆で「4か,とりあえず机にもぐっとくか」的なのりで,このあと起きることなんてつゆも知ることなく机の下へ. そこそこ強い地震がくる.震度5強くらいかな?まぁ宮城県民だし,それくらいの地震は慣れっこで, 皆も強いのきたぞ,位の反応だった気がする.その地震が収まってきたかなーと思いきや突然の第二波. こいつは次元が違かった.経験したことのない強烈な横揺れを感じた.机の上のPCやディスプレイ全部ひっくり返って落ちる落ちる.棚から物が飛び出す.200kgもあろう実験器具がバンバン動いてる.壁がメキメキはがれてる.窓が開いて縁から亀裂が入る.電気がついたりきえたりしてパチパチいってる. 「震度4じゃねーよこれ!!」とか「天井落ちてきたら・・・床抜けたら・・・」とかアホなことを思い始める.あとはとにかく「早く止まれ早く止まれ…」が脳内無限ループしてた.居室の皆が恐怖で怯える表情になった.

↑他の学生が「この建物崩れるかもしれない!」と叫んでいたことも覚えている。

地震が収まる

ずいぶん長いこと揺れて,収まった.もういわゆるドラマのワンシーンのような状態だった.何というか,取り出すことが出来るものがすべて取り出されて,部屋中に無造作にばら撒かれてる感じ.壁が割れて部屋が埃っぽくさーっとしてる(何と表現すればいいのだろう).電気は消え窓から光が漏れてる.警報機がジリジリなってるのが聞こえる.という感じ.

一次避難

「外に出るぞーーー!!!!!!!早くーーー!!!」

不断温和な人が大きな声で叫ぶ.彼は阪神淡路大震災の経験者だったのだ.そして皆我に返る.もうとにかく部屋を出たかった.居住者6人,着の身着のままで災害時用ヘルメットをかぶり居室のドアをあける.すると抜けた天井が目の前に落ちて割れてる.もし俺たまたまここにいたら…と思うと恐ろしい.階段で避難をしようとするけど,何か壁抜けまくり.階段傾いてる.結構新しいビルでこれなのだから,ますますただ事じゃないと感じる.外にはたくさんの人がいた.何か道路がぽっこりしてるとこがある.食堂の電気も消えてる.

とりあえず広い駐車場に退避.強い余震を感じる.そうこうしてるうちに寒いことに気がつく.何か雪強くなってるし,ジャージにサンダルだもん(私の謎の研究スタイル).財布とジャケットを取りに部屋に戻る.非常食にとお菓子を回収.ますます雪が強くなる.あんまりに寒いんで車に入れてもらう.3時すぎくらいにとりあえず家族に連絡.家族は全員無事のよう.この時点ではまだ電波は拾えた.指導教員から心配メールが来てたので返信するが,リターンメールが返ってくる.サーバがやられたか.そしてこんなときに限って携帯の電池が切れそう.友人のワンセグでニュースを見る.M8.8の大地震.10mの大津波警報.こりゃますますただ事じゃないと認識.

二次避難

道路で大渋滞が起きている模様.多分電車もバス使えないだろう.さて,仙台市民でない私はどうするべきか.電車とバスで二時間もある場所までどうやって帰れという.と思ってたら,スピーカで放送が流れる. 「ここの体育館はあんま丈夫じゃないし,食料の備蓄もないから,帰ろうね(超超意訳)」 はいはい,言われんでも出て行きますとも.仕方ないから歩く.校舎をざっくり見ても崩れてるところは見当たらない.中はどうか分からないが. そしてやっぱり大渋滞.絶対歩いたほうが早い.道路がぽこぽこしてる.柱が倒れてる.皆災害用のヘルメットかぶってる.もういかにもって感じになっている.

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そういえば大学に電動自転車置いてるんだった,と思い出して回収.これが後に功を奏す.4人で行動していたが,2人は台原方面の実家に向かって,私ともう一人の方で,その人の家の方面である南仙台に向かうことになり,2人行動になる.この方が私を救ってくださった恩人となる.

↑大学生協では食事も提供され,避難所になっていたらしいが,それは後で知った.

避難所へ駆け込む

辺りが暗くなってくる.たまたま通りで避難所となってる小学校を発見し,そこに避難し一晩過ごす.しかし寒かった.雪降ってるし,超絶に寒かった.食べ物も水も暖房も毛布も無かった.せめて足用にタオルさえあればと思ったが,贅沢は言えない状況だった.新聞紙だけばら撒いてあった.無いよりはありがたい.そしてなぜか常に持ち歩いてる飴で空腹をしのいだ.(ダイエットで絶食に慣れていたのが功を奏したw) ここで自分らが如何にすばらしい生活をしていたか痛感した.あと,こういう不特定多数の人がいる空間だと,やっぱり自分のことばっかり考えてる人がいる.仕方ないんだけどね.

↑避難者は皆,空腹に耐えている.明かりもなく,幼い子供だって皆,空腹と恐怖で泣いているような空間だった.お母さんだって大変だ.そんな中で,大きい声で「いただきまーす」「うまいうまい」と皆に聞こえんばかりに言いながら,家から持ち込んだであろうおにぎりを頬張るなどと言うスーパー空気読まない行動をとった挙句,「地震の研究者なんて役に立たない,一生やってろ!」などの暴言を発して盛り上がっている高齢な方の集団があった.さすがに,それはひどい….

彼らの成果の一つである緊急地震速報があったからこそ,安全に机にもぐり怪我を免れた人だって大勢いるはずだ.そもそも地震の研究者に,自然現象である地震の発生そのものを今日明日にでも抑制することを期待してはいけないだろう.あまりにも理不尽な要求だ.と,思っても仕方がないのだが.

一方で,なけなしのポテトチップスを分けてくださった優しいお母さんもいらっしゃった.見ず知らずの若造にこの善行.女神である.本当に感謝している.

そして,トイレが劣悪環境であった.水が流れないので大量の排泄物が放置され,真冬の夜にもかかわらず虫がわいていた.

この日の夜はメール10回送信を試みて1回送れるくらいに電波が通ってた.そして携帯の電池が切れた.こんなこともあろうかと,PCとUSB充電器を居室から持ちこんでいだのだ.PCの電池が持つ分,少しだけ充電して安心材料に. そんなこんなで,超絶な寒さと,止まない余震と,ラジオから絶え間なく聞こえる緊急地震速報の警報音で,まともに眠れた人などいなかっただろう.

↑今でも緊急地震速報の警報音はトラウマである.そう言えば職場で,部屋中のスマホから地震速報が鳴った時に机の下に潜ったのが私だけのときがあった.またある時,職場で地震を想定した避難訓練もやったときも,机に潜るという行動が皆無だった.「地震 即 机の下」という行動をとることは,宮城県人なら幼稚園児でさえ完璧に刷り込まれているレベルの安全確保手段なのである.

「なんで誰も机の下に潜らない!?今から地震が来るかもしれないときに,なんで突っ立ってんの!?」そんな感情を胸に,強いカルチャーショックを受けた.地域性の違いであり,無理もない.結局その速報は誤作動だったので大事には至らなかったが.

後日,「地震が来たら机の下に潜りましょう!」と職場の朝礼で話したが,どこまで届いたのかまでは分からない.

反省点

  • 携帯の電池は何かあったときのためにある程度充電しておくべきだった.
  • 居室に戻ったときに,冷蔵庫から適当に水分を持ち出すべきだった.

おわりに

これが初日の様子です.

うーむ….まだチョコチョコ残ってはいるのですが,あんまり地震の記事でここを汚すのも憚れれるので,ほどほどにしようと思っています ^^;

東日本大震災当時の日記を振り返る

エッセイ

追悼

3月11日.あの東日本大震災が発生した日です.

この地震で被災し,大切な人を失ってしまった方々,大変な被害に今も苦しみ皆様には,本当に心よりお悔やみを申し上げます.

当時

当時私,宮城県仙台市で大学院生をしておりました.そんなこんなで,かの地震の直撃を受けた一人です. 津波の被害がない地域にいただけ,かなりましだったと思います.

数日間は避難所で生活していたことを今でも思い出します.

テレビでは

地震後しばらくは電気も電波も…ってかインフラ全般終了だったので,地震の直後にテレビでどのような報道が流れていたのか私には分かりません.

ただ,少し経ってテレビが見られるようになってからは,凄惨な津波の被害状況の映像が延々と流れるばかりで,家族ともども陰鬱な日々を過ごしていたと思います.

津波の被害は本当にひどかったです.私もボランティアとして現地支援に行ったこともありましたが,あれはひどいです.あの地域に住んでいる人たちの苦悩を思うと,いたたまれない気持ちになりました.

津波の被害までは受けず

一方,私の大学も実家も山沿いの地域にいたので津波の被害はありませんでした(実家の地域は震度7を観測しましたが…).しかし,インフラや流通が途絶え,周りの人たちも皆,毎日その場しのぎの生活をしていました.それが,当時の大多数の宮城県人の生活であり,私はその一人だったと思います.

テレビでは,最も被害の大きい地域について報道されますが,この大多数の中小規模の被災者の様子というのはあまり大きくは取り上げられるものではありません.もちろん,被害の大きい地域についての報道は,その事実を風化させないために極めて重要なことであり,その報道自体を否定しているのではありません.

ただ,当時実際に被災したかなり多くの人は,津波や原発事故レベルの被害を受けたわけではないけど,普通の生活が,しばらくの期間,継続的に脅かされる程度の被害を受けるような生活をしていたと思うのです.しかし,そういった中小規模程度の被災者の様子はほとんど世間に知られているようには思えませんでした.

それは,私が仕事の関係で福岡に越してきてから,特に強く感じるようになりました.

それでも…

少なくとも,当時宮城にいた人の中に,

「私達だって被災者だよね….」

と寂しそうに口にされる人も,少なくなかったように感じます.

ただ,津波や原発に関する凄惨な事故の被害者のことを思うと,自分だって被災者だなんてことなど,おこがましくておおっぴらには言うべきではないという事情もありました.それが,大多数の被災者の心境だったと思います.

私がそんな立場の一人として,ここに当時の多くの被災者が体験したであろう様子を公開し,読者の方に知って頂けることに,何かしらの価値があるのではないかとふと思ったのです(もちろん,人それぞれ事情は全く異なるのですが,一例として).

あれから6年.当事者であった宮城県の方々も,当時の危機意識が希薄化しつつあっても,不思議ではない時期にさしかかっているのではないでしょうか?

そんな思いが込み上げたので,当時の日記を公開しようと思うに至りました.

当時の日記を振り返る

私は地震当時,記憶があるうちに日々の様子を文書として残しておりました.将来の教訓とするために.

私はその日記を毎年の3月11日に読み返して,当時の様子を振り返るようにしています.振り返った時に思ったことを追記することもありました.

そういう経験もあり,あっくんの病気が判明したときに,ブログを書こうと思った部分もあるかもしれません.

この日記は,あっくんや育児に直結する話ではありません.また,構成もメチャメチャ,段落分けも貧弱,です・ます調でもないことは,当時の文書をそのまま引用したためです.写真も当時持っていたガラケーが容量不足のため最低品質で撮影したもので,画質が超絶荒いです.当時の精神状態が表れている文章になります.

そんな感じでいつもと毛色が変わる投稿になることを,ご容赦下さい.

実際の日記は,次のエントリで公開いたします.

大カテゴリー:「療法別記録」

大カテゴリー

下記のリンクから,該当するカテゴリー記事の一覧ページに飛ぶことができます.

本エントリは,ブログタイトル下方に位置するメニューからリンクされておりますので,必要に応じてご利用下さい.


大カテゴリーのコンセプトにつきましては,下記エントリをご参照下さい.

www.akkun-ikiru.com


以下,各カテゴリの概要です.

あっくんの治療を療法別にざっと振り返ることができる構成となっております.

同様の病児をお持ちの親御さんにとっても,我が子がどのような療法を必要とするのかをイメージする上で,お役に立てるかもしれません.

もしご興味がございましたら,御覧下さい ^^

入院記録

www.akkun-ikiru.com

主な内容は下記のとおりです.

  • 妊娠中の妻が切迫早産の疑いで入院したときの様子
  • あっくんの心臓病治療のために入院したときの様子

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手術記録

www.akkun-ikiru.com

あっくんの心臓病手術に関わる検査の報告や,手術当日の様子です.

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手術については,下記エントリで記述しました.

www.akkun-ikiru.com

通院記録

www.akkun-ikiru.com

主な内容は下記のとおりです.

  • 妊娠中の妻がこども病院の産科で受診したときの様子
  • あっくんの退院後に外来受診をしたときの様子

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在宅記録

www.akkun-ikiru.com

あっくんが退院後の在宅での様子です.

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病児育成ならではのノウハウがご提供できればと思っていますが,ただの育児記録になるかもしれません笑.

実は,そうなったほうが,病児家族にとっては幸せなことなのですが ^^

大カテゴリー:「時系列経過」

大カテゴリー

下記のリンクから,該当するカテゴリー記事の一覧ページに飛ぶことができます.

本エントリは,ブログタイトル下方に位置するメニューからリンクされておりますので,必要に応じてご利用下さい.


大カテゴリーのコンセプトにつきましては,下記エントリをご参照下さい.

www.akkun-ikiru.com


以下,各カテゴリの概要です.

あっくんの治療を時系列でざっと振り返ることができる構成となっております.

同様の病児をお持ちの親御さんにとっても,我が子がどのような経緯を辿っていくのかをイメージする上で,お役に立てるかもしれません.

もしご興味がございましたら,御覧下さい ^^

2016/05~2016/08 妊娠中

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妊娠22週目で妻の妊娠中に,胎児の息子あっくんが病気であることが判明します.その病名は,世界最重症の先天性心疾患の一つである左心低形成症候群です.その診断で私達の精神が一時崩壊した直後からの経緯を綴っています.期間にして約3ヶ月です.

左心低形成症候群につきましては,素人なりに下記エントリのようにまとめました.

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まだ病気と向き合いきれておらず,精神的に一番病んでいたのはこの時期かもしれません.一番感情の起伏が大きかった時期でもあります. また妻にとっては,妊婦が最も時間を有意義に使えたはずの安定期である妊娠終盤の三ヶ月間を丸々入院に費やすこととになり,また別の意味での精神的なストレスがかかることとなりました.

診断翌日からこのブログを書き始めたので,当時の記事は今自分で読んでみても,うわーリアルに悲壮感たっぷりだったよだな-と振り返ります笑.

徐々に前向きになり,今や夫婦で

「あんときさー,マジやばかったね!」

って,酒飲みながら冗談を飛ばせるくらいになりました ^^ だって,ふさぎ込んでてもあっくんの病気は治りませんし,とにかく前向きに進むことが家族にとっては最適解なんですもの♪

主な内容は下記の通りです.

  • 当時抱いた親としての苦悩や心の動き
  • はじめてこども病院で診察を受けたときの様子
  • 妻が切迫早産の疑いで入院してからの生活

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2016/08 出産

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あっくんの誕生した日の様子です.生後間もなくプロスタグランジンを投入し,5分間だけおかーちゃんと触れ合い,即NICUに入りました.

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2016/08 出産~バンディング

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あっくんがNICUに入ってから,両側肺動脈絞扼術(通称バンディング手術)の日取りが決まったことをご報告しました.

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手術については,下記エントリで記述しました.

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2016/08 バンディング

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生後5日目にあっくんがバンディング手術を受けた日の様子です.

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2016/08~2017/01 バンディング~ノーウッド+グレン

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バンディング手術後,ノーウッド+グレン手術をするまでの時間稼ぎで入院をしている期間です.ここは4ヶ月程です.

妊娠中とは別のベクトルで病んでいた時期です.心臓病時と24時間体制で病院付き添い生活をするのは,家族の肉体的には特に大きな負担となっていました.

加えて,24時間注入している点滴が切れたらあっくんの命はない,いつ手術をしてもらえるのかも分からない.そんな状況が長期間継続することで,精神的な負担も強くしていたと思います.

主な内容は下記のとおりです.

  • バンディング手術後のPICU(三日間)
  • PICUからNICUに戻ってからの様子(約三週間)
  • 新生児期を終え,NICUからGCUに転棟してからの様子(約一ヶ月)
  • 入院の長期化が決まり,GCUから一般病に転棟してからの様子(約三ヶ月間)

私については,仕事,社会人博士,家事全般,通院を並行で進めていました.しかし,あっくんが一般病棟に移ってからは,私の力不足によりキャパオーバーとなりました.この時点をもって育休取得に踏み切り,あっくんのサポートにリソースを投入することにしました.

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2017/01 ノーウッド+グレン

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世界最難関の心臓血管外科手術の一つと言われるノーウッド手術と,単心室の循環系改善のためのグレン手術の同時手術の検査と手術当時の様子です.

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こちらの手術についても,下記エントリで記述しました.

www.akkun-ikiru.com

2017/01~2017/02 ノーウッド+グレン~退院

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ノーウッド+グレン手術後から退院までの期間です.ここは1ヶ月半程です.

手術後のダメージでグッタリしていたあっくんが徐々に回復していき,退院するまでの経過です.家族の一般病棟での心持ちも,手術前とは異なり前向きなものになっていきました.

主な内容は下記のとおりです.

  • ノーウッド+グレン手術後
    • ノーウッド+グレン手術後のPICUでの様子(約二週間)
    • 集中治療日間が終わり,HCUへ転棟してからの様子(四日間)
    • 一般病棟に転棟してから退院に向けて回復していく様子(約一ヶ月)
    • 退院当日の様子

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2017/02~ 退院~フォンタン

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ノーウッド+グレン手術後の退院から,フォンタン手術までの経過です.あっくんが2歳~3歳くらいになったらこれができることを期待して,我々家族も病気と付き合っていきます ^^

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さぁ!今後どんな展開になるのか!?それは,これからのあっくんと私達両親次第ですね♪ ^^

我々は負けないのだ!!!

大カテゴリーを作成します!

大カテゴリー

はじめに

ブログ標準のカテゴリーのうち,関連性の高いものを大カテゴリーというくくりの中でまとめたものを,エントリ(ブログ記事)形式で共有することにします.

ブログタイトル下方に配置しているメニューから,大カテゴリー用のエントリにリンクされます.PC版,スマホ版共にメニューが配置されます ^^

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なぜこんなことを?

ブログが長期化するとカテゴリーが増えてしまったり,スマホ版でカテゴリー一覧を見ようとするとページの最下部までスクロールしなければならなかったりして,ピンポイントに見たい記事にたどり着くのが難しいという問題があると感じていました.

そこで,ブログタイトル直下にメニューを配置するように,ちょっとだけデザインを改善しました ^^ (ようやく普通に自宅にいられるようになったことで,このあたりの話に気が回るようになってきました笑)

これにより,患者のご家族の方にとって「今関心があるのはコレなんだよ!」というカテゴリへのアクセスが容易となることが期待できます.

またこれを期に,スマホ版のデザインも見直しました(すみません,私の設定が悪かったことに,今更気が付くという失態であり…汗).スマホの小さい画面でも見やすいフォントやパーツ構成が採用されるようです.いかがでしょう?

注意点

今後の治療方針の変化を反映させるため,本エントリは予告なく変更される場合があります.

また,本エントリ後いくつかは大カテゴリー用のエントリが続きます.

以上,ご了承下さい ^^